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純情エゴイストへの愛を散らかし中。

2024'11.23.Sat
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2008'05.28.Wed

「ヒロさん、これって昔のヒロさんの写真ですよね?」
「あ!お前、どこからそんなもん引っ張り出して来たんだ?!」
「天袋の整理をしてたら出てきました」
野分が持って来たのは、古いアルバム。小学生~高校生の頃の写真が入っていて、一人暮らしをする時に実家から持ってきた物だったと思うが、すっかりその存在を忘れていた。


以前はよく引っ張り出して来て眺めていたような気がするのだが、ここ数年、見た記憶がない。何故見なくなったのか考えてみると、簡単に答は見つかった。

(ああ…その必要がなくなったからか)

昔は、写真の中にいる秋彦の姿を見る為に見ていたのだった。
我ながら女々しいとは思うが、行き場のない想いを抱えていた当時、秋彦との思い出が詰まった写真は、俺の心を癒すのに必要なアイテムだった。

今は、野分がいる。
アイツがいるから、思い出の写真にすがる必要がない。結果、アルバムは天袋行き。

「古い写真ばっかで見ないから、しまっとけ」
別に見られて困るわけではないが、野分が秋彦の写っている写真を見てもいい気分はしないと思ったので、そのまましまわせようとした。しかし、野分は俺の言う事を聞かずにアルバムをぱらぱらとめくる。

「これ、一緒に写ってるの宇佐見さんですよね。あ、これもそうかな?」
…流石の目聡さだ。今とあまり変らない高校生の時の写真だけではなく、今とは随分違う顔をしている小学生の時の写真まで、野分はどれが秋彦かをピタリと当てる。
「よく分かるな。ガキの頃なんて全然今と顔違うだろ」
「一緒に写ってるヒロさんの表情を見たら、なんとなく」
少し、寂しそうな表情を浮かべる野分。あの頃の秋彦への恋心を見透かされてしまったようで、恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになる。
「へ…へえ…そんなもんか?」

野分の言葉の意味をわざと分からないフリをする自分は少しズルイと思う。しかし、今、野分と一緒にいる幸せな日常の中で、わざわざ昔の気持ちを思い出したくなかった。

「子供の頃のヒロさんは、とても楽しそうですね」
「まあ、普通じゃないか?お前はそうでもなかったのか?」
野分が施設で育ったのは知っている。一般的に裕福な家庭の部類に入る俺とは違った子供時代を過ごしたとは思うが、草間園の事を話す野分の口ぶりや、いずれ園を継ぎたいと言っていた事を考えると、野分が子供時代を不幸に育ったと思っているとは思えない。

「俺、子供の頃の記憶があまりないんです」
「・・・・・・・・・・・・記憶喪失?!」
「いえ、記憶がないというか、物に執着しないのと同じように、時間や事柄に対しても執着がなかったみたいで…。何かをして遊んだとか、遠足に行ったという記憶はあるんですが、それが楽しかったかどうかという感情が曖昧なんです」

そういえば野分は、元々独占欲が薄いと以前言っていた。それが物だけでなく、時間という目に見えないものにも当てはまっていたという事だろうか。ただ淡々と過ごした子供時代というのは、確かに少し寂しいかもしれない。
俺はといえば、習い事で大変だった時期もあったけど、それが辛いという気持ちや、一つ上の段階に行けた時の嬉しいという気持ち、秋彦への気持ち、その他諸々、日々に起こる事に対する子供特有の感情の起伏があった。

「ああ、でも、ヒロさんに会ってからの記憶は完璧です。嬉しかった事も辛かった事も全部覚えてます」
「…嬉しかった事はともかく、辛かった事は忘れていいんじゃないか?」
「駄目ですよ!全部ひっくるめて、ヒロさんとの思い出なんですから!」
思った以上に真面目な顔で反論されてしまった。相変わらず恥ずかしい事を平気で言うヤツだ…。

「だけど…、ヒロさんには大切な思い出があって、その中に俺がいない事が、少し淋しいです。宇佐見さんが羨ましい」
野分も、言ってもしょうがない事だと分かってて言っているのだろう。秋彦と俺は20年近くの付き合いがあって、野分と俺が会ったのは7年前。その差を埋める事ができないという事を頭では分かっていても、感情が追いつかないのだろう。

くだらない事を気にするな、と切り捨てる事もできたが、先程野分が浮かべた寂しげな表情が頭を掠め、言わずにおこうと思っていた言葉が出てしまう。

「俺にとってはな、お前と会ってからの7年も充分“大切な思い出”とやらに入ってるんだよ」

一体俺は何を口走ってしまっているんだ?と思うが、一度飛び出した言葉は止まらない。
「お前は俺との時間はちゃんと覚えてるんだろ?だったら、また何年も経ってから、それまでの事を思い出せばいいじゃないか」
言葉を区切ったらもう言えないような気がして、野分に口を挟ませずに早口で畳み掛ける。
「“俺と一緒の大切な思い出”は、もうできてんだよ」
野分が馬鹿な事を気にするから、柄にもなくこんなクサい台詞を言う羽目になってしまった…。呆けてないで何とか言え、バカ野分。

「……それ、すごくいいです」
「…は?」
さっきまでしゅんとしていた顔はどこへ行ったのやら、野分は目をキラキラと輝かせている。
「おじいさんになってから、ヒロさんと『こんな事もあったなぁ』って昔話をするのっていいですね!」
「おじいさんって…何十年後の話だよ?!」
野分の頭の中では壮大な昔話計画が出来上がってしまったらしい。

「その時に備えて、沢山思い出作らないといけませんね!
今はまだ7年だけど、これから先、ヒロさんの一番近くにいるのはずっと俺なんだから、きっと思い出、いっぱい作れます」
野分がニコニコと嬉しそうな顔をして語る言葉が恥ずかしくて仕方がないが、一方で、野分がこんなにも俺との時間を大切にしてくれていると実感できるのが嬉しい。
「あ、ああ、そうだな。まだ先は長いからな」

これから先、楽しい事ばかりではないだろう。辛い事や、また言葉が足りなくてすれ違う事もきっとあるに違いない。それでも、俺は野分を選び、野分は俺を選んだ。それは間違いではなかったと自信を持って言える。

一番大切な人と、一番大切な思い出を作って行くのは悪くない。

いつか、二人で幸せな昔話をする日の為に。


Fin.

--
昔の話ではなく、いつか昔になる話、という感じで書きました。

お題は『
綺羅星-Kiraboshi-』様から頂きました。

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