純エゴお題SS『唯一無二の存在』

野分との待ち合わせ場所は、交差点に面したビルの２Ｆにあるカフェ。
いつものように一時間近く前に着いてしまっていた俺は、窓辺の席に陣取り、持参した本を読みながら時間を潰す。

野分を待つ時間は嫌いじゃない。
待っていれば、必ずあいつは真っ直ぐ俺の元へ向かって来ると知っているから。
他の誰でもなく、俺のところへ。

昔々、報われない片思いをしていた頃は、待っていた相手が俺の方を振り向くとは限らなかった。むしろ、他のヤツのところに行ってしまう事もしょっちゅうで、その度にやり切れない思いをする事になった。

野分は、違う。
あいつはいつも俺だけを目指して…。

フッと現実に意識を引き戻させられる。
少しうとうとしてしまったらしい。時計を見ると待ち合わせ５分前。
何気なく窓から交差点を見下ろすと、信号待ちをする人達の中に野分を見つけた。人混みの中でも野分は目立つ。あの身長と、以前よりも精悍になった顔立ち。贔屓目なしでもかっこいいと思ってしまう。

（一人だとあんな顔して歩いてるんだな…）

いつも待ち合わせをする時は、大体俺は先に来ても読書に没頭しているから、先に野分に見つけられて声を掛けられるまで気付かない。だから、野分が一人でいる時の表情を見られたのが珍しくて、視線を外せずにいたら、顔を上げてこちらを見た野分とバッチリ目が合ってしまった。野分の顔に笑みが広がり、あまつさえこちらに向かって手なんか振ってやがる。
（何で気付くんだよ？！俺センサーでもついてるのか？！）
俺はというと、反射的に視線を逸らして隠れるように持っていた本で顔を隠してしまった。待ち合わせをしているのだから隠れる必要なんて全くないのに、何をやってるんだ…俺は…。

まだ野分と付き合い始めて間もない頃、野分のバイト先の花屋の前にあるカフェでこっそり野分を見ていた時の事を思い出す。あの時も結局野分には気付かれてたんだったな…。…やっぱり俺センサーが付いているに違いない……。

「ヒロさん」
「うわっ！」
いきなり声を掛けられて危うくテーブルの上のカップを落としそうになったが、俺を驚かした張本人が涼しい顔をしてカップを抑え、それを防いでくれた。
「すいません、お待たせしました」

席についた野分は心なしか機嫌が良さそうだ。
「なんかいい事でもあったのか？」
「え？」
「いや、俺の気のせいかもしれないけど、機嫌良さそうに見えるからさ」
「ああ。いい事ありましたよ」
そう言って穏やかに笑う姿は幸せそのもの。野分がこんなに喜ぶなんて、何があったのだろう。
「さっき、ヒロさんが俺の事見つけてくれたんです」
「…それで？」
「それだけです」
「……………いい事ってそれか？」
「はい！」
野分の満面の笑みに脱力する。
俺は手を振り返してやったわけでも、走って迎えに行ったりしてやったわけでもない。
本当にただ“見つけた”だけだ。それなのに、そんな事が野分は嬉しかったと言う。

「ヒロさんが俺の事見つけてくれて嬉しかったんです」
「てめーはデカいから目立つんだよ」
「それでも、気付いてくれるのは嬉しいです」
何を言っても機嫌の良さは変わらない。

野分の単純さ加減に呆れつつ、こんな事で喜んでくれるなら、たまには本を読むのを早めに切り上げて、野分が俺を見つけるより先にあいつを見つけてやってもいいかなと思った。


Fin

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お題は『綺羅星-Kiraboshi-』様から頂きました。